三反田久弥氏の物語
CASE 01 — PRESIDENT STORY

挫折と再起を経て、自分の使命を貫く生き様

タダ同然で、
社長たちを繋ぐ男。

【磁場】── 大阪に、強力な磁力を持つ男がいる。

三反田 久弥SANTANDA HISAYA
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01
Magnetism
【磁場】タダ同然で、社長たちを繋ぐ男

大阪に、強力な磁力を持つ男がいる。

三反田 久弥(さんたんだ・ひさや)。

彼の周りには、彼を兄や弟のように慕う「社長たち」が集まる。

主宰する『settenn(セッテン)』は、紹介審査制を貫く、国内外600名超の経営者プラットフォーム。

驚くべきは、そのビジネスモデルだ。

これほど多くの社長同士を繋ぎ、月会費わずか1万円。巨額のビジネスをマッチングさせても、成果報酬は受け取らない。

「もっと取れるでしょう?普通じゃない質と成約数なんだから」

多くの経営者が、驚き尋ねる。

「あなたは一体、これまで何をしてきた人なんですか?」

その答えを知るには、「営業の天才」ともてはやされ、「地獄」へ突き落とされたあの日々へ時計の針を戻さねばならない。

02
Breakthrough
【突破】「面白い男」の流儀

三反田の人生は、「自ら道を作る」ことの連続だった。

祖父は政治家、父は教育者。厳格な家庭で「期待に応える」重圧を背負いながら、彼はサッカーに情熱をぶつけた。全国強豪校での競争、大学での「監督兼主将」という経験は、彼に「組織を動かす術」を叩き込んだ。

新卒入社した東京の会社では、いきなりトップセールスを記録。新人なのに入社2ヵ月目で幹部に昇進。その人を惹き付ける話術で様々な研修講師も引き受けた。

その後、地元へ戻ろうと、当時中途採用の無かった人材大手インテリジェンス(現パーソルキャリア)東京本社にアポなしで乗り込んだ。

「大阪支社で働かせてほしい」

偶然通りかかった役員に直談判し、「面白い男だ」と採用の扉をこじ開けた。

彼の魅力は相手の懐に飛び込み、本質を掴む突破力と人間力。それが20代の彼を、向かうところ敵なしの営業マンへ押し上げた。

03
Dark Turn
【暗転】20万人に1人の難病と、父の言葉

しかし20代半ば、運命は急転する。

朝、目覚めると目の焦点が合わない。右目と左半身が痙攣し、身体の自由が奪われ即入院。診断名は、20万人に1人の難病「フィッシャー症候群」。

妻が第一子を身ごもったタイミングで、死を意識した。右目の外転神経麻痺という後遺症が残り、「目力」でも人を動かしてきたトップ営業マンは、鏡に映る姿に自信を失いかけた。

病室の窓から空を見る三反田の隣で、家族だけが寄り添ってくれた。
絶望の最中、一本の電話が鳴った。
これまで腹を割って話すことがなかった厳格な父だった。

「安心しろ。
お前の目が使えなくなったら、
俺の目をやる!

父の言葉は、三反田の胸の奥深くに『親の愛』として突き刺さった。
親が子に厳しく接することの難しさ、そしていざという時の覚悟。
彼はこの時、家族への「愛情」を身をもって知った。

04
Turning Point
【転機】ハローワーク入社から、役員へ

退院後、「誇れる仕事をしたい」と選んだのは、ハローワークで見つけた、在宅医療の会社だった。

難病経験から共鳴し入社したが、提示された固定給は最低額からのスタートだった。家族の生活費を補うため、社長に「聞かなかったことにする」と黙認の上、バイトを掛け持ちした。

入社半年後、彼は機器リースからフランチャイズまでビジネスの仕組みを吸収し、「1年間で結果を出したら、役員にしてください」と社長に直談判。全国を巡って圧倒的な結果を出し、1年半で役員に上り詰めた。宣言以上の達成。自分の実力を確信した瞬間だった。

だが、大病で経験したもう一つの辛さが、心から消えずにいた。

「闘病中、誰も見舞いに来てくれなかった」

地位や金ではなく、一生付き合える仲間を増やしたいと動き出す。

役員業と並行し、若手起業家を集めた「若手商店街」を立ち上げた。

その統率力と無償の純粋な想いが年上の経営者たちを惹きつけ、瞬く間に全国数百人組織になった。

しかし、「ハローワークから役員になった男」として名が知られてきた仕事に、突然終わりがやってくる。営業方針を巡り、社長から「そんなに自由にしていいとは言ってない。俺の言うことを聞くか、辞めるか選べ」と突きつけられた。辞める気は無かったが、スタイルを曲げることはできなかった。

「わかった。明日から来なくていい」
05
Discovery
【発見】「三反田久弥」という経済インフラ

独立する気も無かったが、これが人生を変える転機となる。

「何をしたらいいと思いますか?」と、社長たちを訪ね歩いた。

営業代行の返答を予想していたが、返ってきた答えは、全員同じだった。

「もっと社長を紹介してほしい。他の紹介や交流会と違って、仕事につながるから。」

相性が合いそうな経営者同士を引き合わせるのは、彼にとって「当たり前」の習慣だった。しかし、この無意識の行動が、実は最も必要とされ喜ばれる「特殊能力」だったと気づかされる。

「正直、紹介を仕事と思ってなくて努力もせずやってましたが、これを磨くことでみんなのためになるのだと納得しました。自分にしかできない仕事としてやれば、もっと多くの社長たちをつなげられると始めたんです。」

退社からわずか1週間で、月商150万円を超える年間契約が次々に確定した。

ただ、契約してくれた金額がバラバラだった。

「これでは公平な紹介ができない。全員一律、月一万円にしよう」

この決断が、一気に数百人の経営者たちを呼び寄せる。

無償の情熱で立ち上げた「若手商店街」は後継者たちに託した。
 (今も、北海道から沖縄まで大盛況で続いている)

彼の真の凄さは、若手商店街とsettennで社長たちがほとんどカブっていないことだ。両方まったく別ルートから、全国数百人規模で一気に立ち上げている。

06
Mission
【使命】哲学としての一万円

2011年『settenn(セッテン)』設立から、15年。

今も毎日40社以上の経営者たちを繋ぎ続けている。

15年間で生まれた紹介は、累計20万件を超え、M&A成立150社以上、上場した会員企業45社以上。一人の人間の仕事として、驚異的なスケールだ。

「三反田さんに出会わなければ、四国の社員6名の小さな家族経営の会社のままでした」

地方小企業のポテンシャルを見抜き、上場へと導かれた社長の感謝の声だ。

すべてのチャンスは、人と人が交わる「接点」から始まる。社長同士の人生を変える、出会いの交差点といえるだろう。

なぜ彼は「一万円」で、これほどまでに汗をかくのか。

settennを作った本当の原点は、未だ何者でも無かった、あの闘病の日々にあったのかもしれない。

「僕がやっているのは、『家族に、最強の安定を残すこと』なんです。人間、いつどうなるかわかりません。もし明日、僕が死んだら、妻と3人の息子たちはどうなるのか……」
「だから僕が成果報酬無しで汗をかき、みんなを繋ぐ。困っている社長がいれば助ける。そうやって、『三反田には世話になった』という種を、1人でも多くの社長仲間に蒔いておきたいんです。」

そして、彼は少年のような笑顔でこう言った。

「もし僕が死んだ時、その社長たちが『さんちゃんの家族なら俺たちが面倒を見てやるよ!』と言ってくれたら本望です。月1万円の会費は「種(縁)」を枯らさないための大切な水。『お父さんは、こんなに素晴らしい人たちに愛されていたんだよ』。そう家族に残せることが最大の財産であり、仕事のすべてなんです。」

「それに無一文で日本中の知り合いの家を巡って泊めてもらったり、食事をご馳走してもらえる人生って、最高ですよね?」と笑う彼の目は、誰よりも深く澄んでいる。

07
Essence
【本質】変わらない人間性

今の三反田を見て、実績を聞くと「カリスマ」という印象を持つ。

だが、昔からの友人たちは口を揃えて言う。

「さんちゃんは、昔から一ミリも変わらない」と。

どんなに底知れない影響力を持つ人物になっても、彼はバカな話で場を和ませ、誰よりも相手の話を聞く。

" たった一万円の経営者紹介システム " " 器が大きすぎる "

この二律背反こそが、社長たちが抱く "不思議な魅力" の正体だろう。

彼は今日も携帯を握り、国内外を飛び回る。

「調子はどうですか?」

かつての死の淵から這い上がった男は、
新しい未来を生み出し続ける。

大丈夫。俺がいます。

三反田は、今日も誰かのために汗をかく。

わずか月1万円。

その哲学が、仲間の未来を切り拓いていくと信じて。

20
万件以上
15年間の
累計紹介件数
150
社以上
M&A成立
会員企業数
45
社以上
上場した
会員企業数

すべてのチャンスは、
人と人が交わる「接点」から始まる。

社長同士の人生を変える、出会いの交差点。
三反田久弥の哲学は、今日も誰かの未来を切り拓いている。

— 完 —
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ご感想コメント
三反田 久弥
CASE 01 — 社長5分物語制作者

「自分のストーリーを持ったことで、すぐに、深く伝わるようになったと実感しています。」

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