10歳の時、従兄弟が交通事故で、突引この世を去った。
答えは出なかったが、問い続ける習慣だけが残った。
やんちゃな時期もあったが、人を笑顔にする仕事に憧れ、18歳でNSC(吉本興業)の門を叩いた。
だが、故郷の兵庫・淡路島から届くのは「魚が獲れない」「地元が衰退していく」という悲鳴__漁師の血が、彼を海へ引き戻した。
海と向き合う日々の中で、一つの確信が生まれる。
憂うだけでなく、自ら動く。それが山崎の流儀だ。
25歳で町議会・市議会議員となり、身を粉に奔走した。
しかし政治の限界が見え、制度より現場を変えるほうが早いと実業の世界へシフトする。
山崎は水産卸、ワカメ加工、飲食店と次々に事業を拡大した。漁場から食卓まで。海の資源をどう生かすか、全工程の経験を積むための選択だった。
事業を展開する中で、山崎は直視せざるを得ない現実に何度も突き当たった。
日本の海から、魚が減っている__
海水温上昇のせいだけではない。日本の「獲れるだけ、獲る」文化が原因だ。
資源を守りながら増やす仕組みが、この国にはない。
同業者との会合に出ても「いかに効率よく獲り、稼ぐか」という話ばかりだ。「子孫のために、百年後の海をどう守るか」を真剣に語れる者は、いなかった。
親になって以来、自問することがある。
「今の海を見て、自分の子供に
『八代目の漁師を継げ』と
胸を張って言えるのか?
それは今を生きる、現役世代の責任や」
解決策を求めた東南アジアもまた、獲るだけの海だった。
次に目を向けたのが、魚一尾一尾に法律がある漁業先進国・アメリカだ。船上で産卵期のメスをすぐに選別して海に返すなど、資源を絶やさない管理を徹底している。
魚の鮮度を保ち、旨味を最大化する日本の技術や物流は、世界一といってもいい。海外でも "刺身グレード"や"ジャパンクオリティ"と呼ばれ、高評価を受けている。
しかし、世界で勝っているのは、資源管理や流通などの "仕組み" を持つ者だ。
気づいた者から、動くしかない__
38歳で、渡米を決意。
だが、海を越えるまでに3年の歳月を要した。
そして、41歳。ロサンゼルスの地に立った。
地元・淡路では実績も信用も積み上げてきた。安定を求める年齢になって、なぜ海を越えたのか?
しかし、異国の地を踏んだ途端、壁が立ちはだかった。2020年3月。コロナのパンデミックが世界に広がり、受け入れ先の米国企業から即解雇を告げられた。このままアメリカでの挑戦を進めるか、諦めるかの覚悟を問われた。
歯を食いしばり、アメリカにとどまることを選んだ。追い詰められた異国の地で、生き残る術として始めたのが、LAの寿司レストランだった。
創業時、軌道に乗るまで一人仕込みをしながら、淡路の海を何度想ったことか__言葉もうまく通じない、誰にも弱音は吐けない。何も成さぬまま国に帰れない。
それでも山崎は、目の前の一尾一尾に自分の命を懸けつづけた。
ある夜、一人のアメリカ人客が、目の前で解体された魚を口に運び、手を止めた。静かに目を閉じて味わうと、店内に響く声ではっきりと言った。
(これこそ本物だ!)
次の瞬間、店内に拍手が広がった。
その一言が、すべてを変えた。
お客を熱狂させる魚の解体ショーは口コミで広がり、瞬く間に繁盛店へと押し上げた。七代目漁師の魚を扱う技術は、本物だった。
国を出て、わかった。日本人は自分たちのDNA、持っているモノの技術や価値を知らなすぎる。その凄さは、圧倒的なのだと。
さらに失敗を恐れず、未知の場所に最初に突っ込んでいく人間を、アメリカ人は心から称賛する。山崎はそのフロンティア・スピリットを血肉にした。やるか、やらないか。しがらみを抜け出し、実力で切り拓く開拓者精神だ。
子供たちにもこの挑戦を恐れない文化の空気を吸わせたかった。それも、家族で移住した理由の一つだった。
語るより、見せなければ……ずっとそう自分に言い聞かせてきた。
諦めずに孤軍奮闘していた山崎に、やがて信じられない展開が起きる。
地元の同級生から始まった6人の数珠繋ぎの縁で、世界市場で越境Eコマースを手掛ける「最高のパートナー」が現れたのだ。
この出会いにより、山崎の構想が一気に加速する。
日本でも強力な援軍が現れ始めた。東京海洋大学の教授や、大手外食産業のトップたちが「絶対にその形を作ってくれ!」と背中を押してくれている。
山崎の使命は、明確だ。
現地の水産資源を守りながら、持続的な経済価値を生み出すビジネスモデル、いわゆる「ブルーエコノミー」の成功事例をつくること。
しかし資源(水揚げ量)が無ければ、最新の技術も流通も、何一つ始まらない。
そのため、最前線で一人の日本人漁師が、この大命題に体一つで道を拓こうとしている。
LAからメキシコへ広がる太平洋沖では、求めている魚が見つからなかった。魚に国境はない。今はスペインやポルトガル、モロッコなど大西洋側の海へ出向き、探索を続けている。
彼の最終目標は、『日本の水産業を、世界一誇れる産業にすること』。
"山崎版ブルーエコノミー" を日本で再現し、水産業に関わるすべての人々に「誇り」と「笑顔」を取り戻すことだ。
「僕は、漁師で死ぬと
決めているんです。」
この一言が、すべてを語っている。
初代から続く血筋の誇りを胸に、遠く離れた異国の海に挑む。
もし、山崎に会う機会があれば、寿司レストランオーナーという肩書きだけでなく、その奥にある本質を見てほしい。
山崎自身は、海から授かる尊い命への敬意から、魚を「お魚」と呼ぶ。
だから__
この挑戦はもう、一人ではできないところまで来ている。
山崎と組むか、応援するか。「技術」「行動力」「仕組み」この3つを一人で体現する人間が、世界の水産業にどれだけいるかで判断してほしい。
